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ロケ日記.1977.9.14
1981年のスカイラインのロケは疲れたと書いた。プレッシャー、大物タレント、少ない時間、いろいろあるが一番の要因は、大きな予算だと思う。失敗は許されないと考えるのが普通だ。そんなロケの逆なロケの話しを書こうと思う。ずいぶん昔の話しである。

 1977年9月、羽田のカウンター(成田空港以前の話だ)、アメリカの心象風景を撮影しに、ロサンゼルスに向おうとしている。僕はまだ半本立ち(カメラマン半分、アシスタント半分、つまり一人前のカメラマンではない)だが、ある仕事に抜てきされた。理由は簡単だ。「予算がないなら、目羅にやらせよう。」とCDの秋山晶氏が決めてくれたからだ。少人数でアシスタントのいない、気楽なロケだ。メインの掲載は、月刊プレーボーイ六ヶ月分と少しの若者向け男性誌。CDから使える写真6カットあればいいから、あとはディープすればいいから....。僕は気楽になった。一生懸命撮ればいい、今までのアイデアをぶつければいい、失敗したら辞めればいい。カメラはキヤノンF-1. 3台に28mm〜300mmと学生時代からの愛機ライカM4に21mm。フィルムはKMとKR(コダック)。7日間、夢中で撮ればいい、それこそ寝る暇を惜しんで撮ればいい。気が高ぶったまま出発した。高ぶったままロスに着き、大地に立ち、撮影は始まった。日程の半分を過ぎた頃、焦る気持ちが書かれていた。「寂しい風景を想定して来たのに、カリフォルニアはハッピーな晴れの日ばかり、フィルムは2/3を使ってしまった。山に向おう、アルバカーキーに向う。ここも晴ればかり。荒野を徹底的に撮ろう、アリゾナに向う。どこも、雨どころか、雲すら無い風景。諦めないで開き直ろう、試練だと思え、考えろ、日本に帰りたくない。」と。まだ文が続く「晴れたアメリカを撮ろう、濃いフィルターを考えろ、アンダーに撮ろう、光りは早朝と夕方だ。昼間はゆったり構えてればいい。焦るな。その時だけ集中していればいい」。それからは日暮まで撮影して、闇の中を次ぎの街まで走り、モーテルを探して遅い夕食をとった。

 アメ車のスティーションワゴンで走った距離1300Km、撮影したフィルム180本。こうして気楽だったが、ハードなロケは終った。不安だが満足感は何故か身体いっぱいにあった。「やる事はやった。」と書いてあつた。結果は使える写真は膨大にあった。
全ての掲載を全てオリジナルで入れた。商品は売れ、掲載が増えても写真はまだ余る程残った。小さな仕事は会社にとっても大きな仕事になった。長く続いた。名作となった。僕を世に出す一つの作品となった。今でも、この写真のおかげで写真家としていられると感謝している。

 クライアントはパイオニア、カーオーディオ、「ロンサムカーボーイ」
 予算が無いから僕が生まれた。僕はこの手の仕事が好きだ。そして得意である。
ロケ日記にこうも書いてあった。
 「毎日眠れなかったが、眠くなかった。身体は丈夫に出来ている。この仕事に向いているかもしれない。日本に帰ってポジが上がるまで不安だが、手ごたいがある。ダメだったら、父の仕事を継ごう、今ならまだ間に合う。」

10日間の旅は終った。28才。
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